マルサスの罠に再び嵌まる人間たち
マルサスの罠というものがある。
マルサスというのは『人口論』を書いた人で有名なあの人であり、
そのマルサスが提唱した概念がマルサスの罠(Malthusian trap)ということである。
高校の教科書にも登場する人物であり、有名な書物であるが、
その内容を端的に示すと以下のようになる。
つまり、人口はネズミ算のように増えていくのに対し、食糧はそうはいかない。
人口増加は2*2*2*…と増えていくが、食糧は2+2+2+…のようにゆっくりとしか増えていかないのである。
横軸に時間を取ったグラフで表してみると以下のようになる。
マルサスによると、人口の増加分が食糧の増加分を上回った社会では、
人間は貧困に陥ってしまう。
人間は貧困に陥ることを好まないので、様々な方策でこれを回避する。
この結果、人口は幾何級数的に増加するどころか、維持から微増で推移する。
このことをマルサスの罠(Malthusian trap)と表現している。
では次に、マルサスの罠はなぜ発生するのだろうか。
マルサスによると、人口に与える変数はふたつあり、出生率と死亡率である。
疫病や戦乱、古くはあったとされる姥捨てなど、
人が死亡することで人口に負の影響を与えるものを積極的制限と呼び、
社会の結婚性向、堕胎、間引きなど、
人の誕生を制限することで人口に負の影響を与えるものを予防的制限と呼んだ。
二つの変数とそれらの制限が人口に与える影響を図に表すと次のようになる。
積極的制限が強くなることで死亡率が上昇する。
また、予防的制限が強くなることで出生率が減少する。
これらのことで人口増加が抑制され、人口は貧困に陥らないように維持される。
このようにして人々はマルサスの罠に陥るのだ。
人々は近代に入るまで、ずっとマルサスの罠に嵌まり続けていた。
古来農耕生活においては、扶養しなければならない家族がどれだけいるかということは、
自分たちが生き残っていくためには非常に重要な関心事となる。
土地には限りがあるので、家族が多くなりすぎてもそれに見合う食糧を生産できずに貧困に陥る。
社会には疫病(ペスト、天然痘、マラリアなど)が存在し続け、
定期的な戦争などにより、現代とは比べ物にならないほどの積極的制限が存在していたが、
それだけでは人口を抑制することができなかった。
そのために、産業革命により食糧の算術級数的増加が改善されるまでは、
結婚後の出産を制限し、必要であれば堕胎という冷酷な手段を以ってしても人口を抑制していた。
その結果、農耕社会での人口は食糧の生産性向上と比例して人口が推移していたのである。
マルサスの罠を抜け出すためには、積極的制限と予防的制限を課すための理由を排除すればよい。
前者の場合、社会衛生の改善、医術の進歩等があげられ、
後者の場合、生産性を向上することで扶養の限界を押し上げればよい。
産業革命はマルサスの罠を抜け出すために重要な出来事であり、
これを経験することで食糧(総生産)の増加を飛躍的に伸ばすことが可能になる。
この結果、人口抑制の最大要因であった食糧生産性の伸びに関する悩みは解決され、
予防的制限を解除して、マルサスの罠から抜け出すための一つをクリアすることができるのだ。
イギリスにおいては、18世紀中ごろから19世紀前半にかけてと、
かなり早い段階で産業革命を経験したが、
日本では19世紀末から20世紀前半にかけてと、産業革命を列強と比べ遅い時期に経験した。
上のグラフは統計局のデータより作成した日本の出生率の推移である。
これを見てみると、19世紀末から20世紀前半にかけて出生率の大幅な上昇が見て取れる。
この時期にかけて、日本はマルサスの罠を脱出するための予防的制限を解除することに成功した。
また、日本で医学の発展により人々が死ななくなったのは、
20世紀中盤から太平洋戦争終戦後と比較的最近である。
以下が日本の死亡率の推移であるが、特に戦後に大幅な改善がみられる。(統計局より)
このようにして、20世紀の前半にかけてマルサスの罠を脱した日本社会であるが、
人口減少という危機に瀕しているのは周知の事実である。
以下が日本人口の長期推計であるが(統計局より)、
今後50年で4000万人もの人口減少が予想されている。
再びマルサスの罠に陥る日本社会であるが、これは予防的制限が大きい。
日本の平均寿命は延び続けており、積極的制限は皆無に等しいのだが、
出生率の大幅な低減とかなり大きな予防的制限が発生しているのだ。
十分に発展した社会で人口が減少してしまうことは、
たぶん、人間の理性が重要な原因となっているのだろうけど、
ちょっと長くなってしまったのでそれはまた後日で。